鍼灸の科学

鍼灸の研究分野


*遺伝子治療時代の鍼灸治療
人間の遺伝子情報の解読が一応終了し、それぞれの遺伝情報が何を現しているのかを、ひとつひとつ解明していく作
業の段階に入っています。
これまで原因がよく解らなかった難病のうち遺伝性の疾患については、最近原因となるタンパク質が次々と見つかって
いることもこのような成果の一つでしょう。まさに現代医学は広い意味で、遺伝子治療の時代を迎えているのです。

一方、東洋医学にはこのように華やかな側面はなく、歴史と伝統を粛々と伝え続けています。
鍼灸治療の治療効果機序(どのような仕組みで鍼灸が効くのか)を研究する分野も「陰陽」、
「気」、「経絡」などを中心に行うものと、西洋医学的なアプローチで行うものの二つに大きく分けられます。
院長が「医道の日本誌」(2000年9月)に発表した論文「NO、活性酸素と鍼灸治療ー細胞のストレス
応答と遺伝子の転写調節」はどちらかというと、後者のグループですが、「陰陽」、「気」などを現代医学
の基礎知識(特に分子生物学)で合理的に説明しようとしたものです。

                                                                       
NO、活性酸素と鍼灸治療


*古典的な治療原理
東洋医学では気や血のアンバランスが病気の原因であると考えます。
古典的な鍼灸治療は、これを経穴(ツボ)を通じて調整することにより、治療効果を現すとしてきました。
気や血のアンバランスは陰陽虚実(いんようきょじつ)で表現され、気などが不足していれば「補い」、余分ならば「取り
去る」という治療方法を何千年も前から伝えてきました。これは「補瀉(ほしゃ)」の法と呼ばれ、基本的な技術の一つと
考えられてきました。

*古典的治療の科学的解釈
これまで、「補瀉」を現代医学的に説明する事は困難とされていました。「補瀉」のターゲットである「気」自体が医学的
に充分説明出来なかったのですから、当然のことです。
院長は、目に見えない「気」の一部は、NO(エヌオー、一酸化窒素)や活性酸素のようなフリーラジカルであるという仮
定から陰陽虚実、補瀉を合理的に説明しようと試みました。

                               NOはニトログリセリンの効果の原因物質でもあり、強い血管拡張 
                               を示し、また活性酸素を消去する抗酸化能力や抗炎症効果や殺 
                               菌力もあります。NO合成酵素によって、体内で作られます。

                               活性酸素は細胞を傷つけたり、過酸化脂質を通じて血管を硬化す
                               る悪玉的な面だけでなく、白血球が殺菌用に発生したり、活性酸素
                               除去酵素(SOD)を増やしたりします。

                               面白いことに同じフリーラジカルであるNOと活性酸素は炎症や血 
                               管に対しては正反対に働きます。
                               この正反対の性質を陰陽虚実という対立概念に当てはめると、補
                               瀉などの一見非合理的なことも実は合理性を持っていたことに気 
                               が付くのです。

                               以前より、鍼灸治療は生体に侵害刺激を与え、その刺激によって
                               生体が防御反応を高める事を利用するのだといわれてきました。
                               その防御反応は人の体全体が行っている、ということが暗黙の前
                               提としてありました。東洋医学では人間をそれ自体小宇宙として考
                               えるからです。
                               しかし、人間の体は約60兆の細胞から成り立つという事実を考慮
      SOD(活性酸素除去酵素)模式図        すると、鍼灸治療が人の体に行われる時、一つ一つの細胞もその 
      (Brookhaven PDBより)            治療に当然反応している筈です。                        
                              私たちは、約60兆個の命から成り立つ多細胞生物なのですから。
*進化とストレス応答
細胞の上記のような反応は、現在では、「細胞のストレス応答」と呼ばれています。約38億年前に地球上に生命が誕
生して以来、熱や紫外線、高圧、低温、活性酸素(酸化ストレス)など様々な環境要因が外部ストレスとして原始の細胞
生命体に降りかかりました。このようなストレスに耐えられないものは滅んでしまい、ストレス応答の能力を持ったもの
だけが生き延びたのです。当然、現在の地球上の生物はすべてこのストレス応答の能力を持っています。

原始の細胞生命体にとって、外部環境の変化に速やかで的確に応答できないことは、確実に死を招きました。
何十億年にわたって、ストレス応答の能力を高めた細胞だけが生き残り、今の私たちがいるのです。

*鍼灸と細胞のストレス応答
鍼灸治療の刺激は、物理的な侵害刺激です。
お灸の熱や鍼刺入による細胞組織破壊は、活性酸素や熱ショックタンパク質を生み出します。45℃以上の熱は癌抑
制遺伝子p53を増加させる事が判明していますが、私はお灸でも同じ効果が生じていると考えています。

結局、鍼灸治療のような原始的な刺激は、細胞からすれば解りやすい言葉で語りかけられているようなものです。
それは、遺伝子に組み込まれている細胞のストレス応答の記憶を呼び覚まします。
だからこそ、鍼灸治療は時として、驚くほどの効果が生まれるのでしょう。


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医道の日本誌掲載文全文
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